橋田壽賀子は安楽死を希望していた|死去に悲しみの声

 2021年4月5日に「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」などの脚本をつとめた橋田壽賀子さんが死亡したとのニュースが報じられました。

 ずっとお世話をしていた泉ピン子さんの見守るなか、熱海の実家で息を引き取られたそうです。

 このニュースを知った方はお悔やみの声をのべるとともに、安楽死を推奨する人がひとりいなくなってしまったことへの悲しみの声もありました。

 そこで今回は橋田壽賀子さんが望んでいた安楽死に対する意見や、同じように思っている方の意見を調べてみました。

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橋田壽賀子さんが自宅で死去

 2021年4月4日に橋田壽賀子さんが死亡していたことが、同月5日に報じられました。

橋田さんは、今年2月下旬から、急性リンパ腫の治療のため東京都内の病院に入院。先月には、自宅のある静岡県熱海市内の病院に移り、治療を続けてきました。そして3日、自宅に戻り、4日午前、息を引き取ったということです。

TBS NEWSより

 お別れの会などは、橋田壽賀子さんの遺言により行わないとも書かれていました。

 死に対して考えていた橋田壽賀子さんらしい遺言ですね。

 それでは橋田壽賀子さんが主張していた安楽死についてみていきましょう。

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橋田壽賀子さんは安楽死を希望していた

 2016年12月「文藝春秋」にて”私は安楽死で逝きたい”と橋田壽賀子さんのコメントが掲載されたことで話題となりました。

橋田壽賀子さんは人に迷惑をかけたくなかった

 橋田壽賀子さんは子どもがおらず、夫に先立たれていたため天涯孤独でした。

 そのため、人に迷惑をかけたくないという思いから安楽死を希望していたと言われています。

 具体的には下記のようなことが書かれていました。

  • やりたい事や仕事はすべてやって、やり残したことはない
  • 足腰が立たなくなって食べたいものを食べられなくなったときや、認知症になってしまったときに人の手を煩わせたくない
  • 尊厳とプライドを守るために自分の意思でどう死ぬか決めたい

 などと、人の手を煩わせる事なく、最後まで自分の意思をもって死にたいとおっしゃっておりました。

とても自立した方だったのですね。

橋田壽賀子さんの死去は望んでいたカタチだった?

 橋田壽賀子さんはできるだけ人に迷惑をかけずに人生を終わらせることを望んでいました。

 橋田壽賀子さんは多くの人のお世話になっていたのは、2月下旬から4月4日までの短い間でした。

 そのため、あまり人の手を煩わせたくないと思っていた橋田さんの最後の願いが叶ったのかもしれませんね。

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橋田壽賀子さんの死去に悲しみの声

 1949年から脚本家として活動をされていた橋田壽賀子さんは、「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」など長きにわたり人気作品に関わっていたこともあり、ファンからは悲しみの声が多くコメントされています。

 長年作品に携わっていたことから、幅広い世代が悲しみのコメントをしていました。

たくさんの方に愛されていた人だということがわかりますね!

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さいごに:橋田壽賀子は安楽死を希望していた|死去に悲しみの声

 2021年4月5日に報じられた橋田壽賀子さんの死去が報じられました。

 そこで今回は、橋田壽賀子さんが生前にうったえていた安楽死についてや視聴者の方の悲しみの声について紹介していきました。

 長年にわたり人気作品を作り上げていたこともあり、幅ひろい世代に支持されていることがわかりましたね。

 素晴らしい作品を生み出してくれた橋田壽賀子さんのご冥福を申し上げます。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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